「韓国には5回来たけどこんな宮廷風の韓定食ははじめてです。
ここにはよくくるんですか?」
「たまにー来ます」
「家族で来ますか?」
「家族で来ます」
「まだ時間はダイジョーブですか?」
「ダイジョーブです。電話しました」
「ナムジャ、ダンナさん、御主人は優しいですか?」
「主人は?優しいですか?優しい?」辞書をひくスヒ。
「優しい?・・・何に優しい?・・・意味がー わかりません」
「ごめん、日本人はときどき意味の無いことも聞いたりするんです」
ほんとはスヒの夫婦仲が良いのかどうか知りたかったんや・・・
食事が終わって、正面に座ったスヒの顔をスケッチした。
彼女はぼくの視線に耐えまっすぐにぼくを見つめかえす・・・11時が近い。
「スヒ送って行きます」
「外にー」
クルマを運転して利川から10キロほど離れた安涼里をめざす。
せいぜい30分・・・。運転しながらタバコを吸おうとしたらスヒに怒られた
「とまってー 吸いなさい 危険です」
したがう、すこしでも彼女と長くいられる・・・ユーミンがかかってる。
「広州でノレバン(カラオケ)に行きました。スヒは歌いますか?」
彼女は布製のバッグからウォークマンを取り出してカセットを抜き取り、ユーミンと
取りかえて小さな声で歌い出した・・・クルマをスタートさせる。
「もっと大きな声でうたってください。聞こえないです」
「だめです クルマです」
「もっと大きな声で!・・・スヒはノレバンに行きますか?」
「・・・行きます」ちょっと口ごもってからはにかんで
「主人とー ときどき 行きます」
(!・・・仲エエんや)
もうそんなに遠くないはず、彼女とサヨナラしなくちゃ・・・
もう安涼里に入った。片側3斜線の広い道路。ぼくの想像とはおおきくちがった。
現代(ヒョンデ)グループが開発した高層アパートが立ち並んだ新興の街だった。
ぼくが想像したのは、儒教の親同士が息子と娘をいいなずけにして結婚させる農村。
平屋の農家がならぶ暗い町並み・・・
その閉鎖的な村に閉じ込められている可哀想なスヒ・・・
でも今、助手席でちいさな声で歌ってるヒトは・・・フランチェスカなんだろうか?
「あーっ! ノレバンにー いきましょー!」スヒが大きな声をだした。
「!」
道路ぞい、高層アパート群の中の商業エリア、
飲食店やゲーセンなんかもある雑居ビルの5階。
「30分だけっ」とブースに2人で転がり込む。
ぼくは『おどるポンポコリン』『ガラガラヘビがやってくる』
『乾杯』『悲しい色やね』を歌った。
スヒはアップビートで高音部を張り上げる女性ボーカルを歌った。
クルマでかかってたやつ。すごくむずかしい歌を上手に歌った。
ミーシャがMAXの曲を歌ってるようだった。揺れるまなざしと揺れる長い髪・・・
歌詞の中にはもちろん『サランヘ:愛』という言葉がちりばめられている・・・
すぐとなりで画面を見つめる瞳がキラキラしてる・・・
0時を少しまわって駐車場で別れる時、「夜はー 今日だけです」と云った。
あるいて5分、高層アパートの15階に帰るスヒに見送られてクルマをターンした。
彼女がくれたカセットテープには ソチャンヒ『first bridge』と。
出来すぎ!・・・『マディソン郡の橋ごっこ』には。
スヒの歌う姿と声をテープから流れる曲に重ねて・・・クルマを走らせた。
翌日、歌ってたマネをするとはにかんで笑った。
時は飛びさる・・・せつなさがつのる。
少女のような無邪気さにホンロウされる日々・・・。
彼女が日本館に来てぼくのとなりに座るたび、スケッチした。見つめた。
「どーして いつも スケッチしますか?」
「スヒのことを見たいから。 キレイだから」
「ナカネさんの オクサン わたしのー スケッチいっぱい 変じゃないですか?」
「ダイジョーブです」(たぶん)
「17日までぼくはここにいます。18日には釜山に行かなければなりません
19日のフェリーに乗らなければなりません」
「乗ラナケレバナリマセン・・・?」
「・・・子供は学校にいかなければなりません。
・・・クルマは右側をはしらなければなりません。」
「あー、わかりました」ノートにハングルとひらがなを書き込むスヒ。
「ナカネさんは ニッポンにー 帰らなければなりません」そーなんや、あと5日。
「ぼくは悲しいです」
「わたしもー 悲しいです」
「スヒは ソニョ(少女)のように無邪気ですね・・・だからぼくはとても困る」
「ムジャキ? なんですか」辞書をひくスヒ。
「ショージョ?のように?ムジャキ? 困る?・・・わかりません」
○パクさんと話した事
どう考えたらいいんやろーねぇ、パクさん。
韓国人と日本人の身体距離の取り方ってすごくちがう・・・。
17年前はじめて韓国に来たんやけど、そのとき関川夏央って人の書いた
『ソウルの練習問題』って云う本を読んでから来たンや。その中に「話したりする時
の安定距離が韓国の場合ほとんどの外国よりも短い。」って。来てわかったけど、書
いてあるとおり、ホントにそーなんだなぁと思った。
日本のビジネスマンと韓国のビジネスマンが呑んでると韓国人は気持ちが入って来る
と、この距離では自分の気持ちが伝えられないって感じて近づく、日本人の方は自分
が安心できる距離のなかにヒトが入って来て不安を感じる・・・。
韓国人はまた不十分な距離と感じて、もう1度にじり寄る...
これがくり返されて、結果、ソウルの酒場では日本人ビジネスマンがみんな壁に押し
付けられてルって云うんやけど・・・。
ほんと日本は身体的接触を恐れる文化、ぼくなんかハッキリそうやね。
身体接触して親愛の情をしめすって機会がほとんどないもんね、文化の中に。
自分の子供が小さいあいだは別として家族同士でも触れあわない・・・
子供の方はそれを望んでるのに6才になればもう学習してるよね・・・
またそう教育してるモンね・・・思わず知らず。
欧米人の握手や大統領同士が抱き合ったりするでしょ、たがいにキスしたり・・・
ああいう文化習慣、が無いンや日本人には・・・
そやから17年前、ある地方バスのバス停から高速バスのバス停までスッゴイでっか
いアジョシ(おっさん)が、ずーっと手をつないで連れて行ってくれた事があって、
そん時オレ27で童顔で紅顔の美少年やったからちょっとビビったことがあってね・・
ソウルでもあることで世話をかけた23の学生にお礼にメシ奢るということがあって、
新村(シンチョン:大学街)のカルビの店に向かっててん、そしたら道路、フツーの
2車線の道、交通量もそこそこなんやけどオレが27才の男やって分かってんのに、
その学生が手ぇつないで渡らせてくれるンやね・・・
ほんで渡ってからも手をはなすキッカケが掴めなくてしばらくつないだまま歩いてた・
・・こっちから離すのが悪いような気がして・・・
そん時は1ヶ月、うろうろしてたからイスラエル人の青年2人組ともしばらく一緒やっ
てんけど、彼らに日本と韓国の印象を聞くと「日本人はシャイ、韓国人はフレンドリー
でオープンマインデッド(心が開かれてル)や」って。彼らは外見的に『外人』なん
やけど日本の地方都市とかで道聞いたりすると日本人は逃げるって云うんやね、女子
学生の集団はキャーって云うて逃げるって。
でも韓国の女の子だったら絶対そんなことないって。なんか路地みたいなところ歩い
てるとして向こうから高校生の女の子が一人で歩いて来たとしても、韓国人の女の子
だったら真直ぐ目を見てくるし、道をたずねたら、英語が分からなくってもちゃんと
地図を見て、なに云ってるか理解しようとして、助けてくれようとするって・・・、
日本人は目を合わそうとはしないし、英語ダメだったら助けられない、って逃げる。
別のスイス人のおじいさんの彫刻家にこの話をしたら納得してたんやけど・・・
韓国人が身体的接触を恐れないって云う話をしたときに、マイナスの評価をしたんや
なぁ・・・ぶつかったり、気安く身体に触れることはルード(野卑)でコーティアス
(宮廷的:ていねい)ではないから、ちょっと気になるってね・・・。ぼくも去年、
泊めてもらったり、案内してくれて友だちになった陶芸家が、道歩いてるときに肩が
あたるンやね、彼は気にしてないけどこっちは気になる。だってちょっと離れればぶ
つからないし、歩いてる道は充分にその余地があったからね・・・
身体が触れあうことに韓国人は日本人より寛容で、親愛の情をしめす1手段である、
そういう文化的習慣である、ってことは理解できるねんけど、これが異性間の場合は
どうなんか・・・ちゅーことやねんなぁ・・・個人差があるしー。
韓国の20代の青年と女性が性的意味あい無しにふざけあってるのを見て無邪気やなー
とは思ったけどね、17年前に。ちょっとうらやましーなぁ、とも思った。
日本人が、ぼくが、そう云うふうにふるまえない、韓国人にくらべて過剰に性を意識
するってのは日本人の方がスケベーってことなんやろうかなぁー。
文化的に性をタブーとして来たってことの結果そうなるんかなぁー。
ともかくもスヒ。韓国には5回来たけど、観光旅行じゃないのは始めてでしょ・・・、
ひとりの人と毎日あって知り合っていく経験ははじめて・・・、
その相手がとても魅力的な女のヒト・・・無防備で無邪気な。
あー、ぼくは彼女が好きになってる。逢いたいし、逢えばうれしいし。
彼女が家庭的に幸せなのかどうか確かめられないし、中学生みたいに彼女がそばにい
るとトキメクし。セックスがしたいわけでは無い(そういう事態を受け入れるにやぶ
さかではないが)けれど、今よりもっと近づきたいし、スヒの髪にさわりたいし、彼
女の手を握りたいし、でもそうしたらすべてが失われるかもしれないし、それはイヤ
やし・・・もうあとちょっとしかここにはいられないし。
あー、どうしちゃったんやろオレ!
水曜、あと5日。休憩時間に話す時以外にも彼女の姿を目にしたくて遠くから総合案
内所を見つめる。通訳室に用事があるふりでウロツイてると彼女が見える。
まるで中学生男子。
木曜、あと4日。勝手な幻想をスヒに投影してるだけ。すべての恋愛はそう。
でも恋は憂き世の「花」。日常はダラダラつづく散文。恋愛は垂直に屹立する詩歌。
スヒの日本語がつたないからよけいにカワイイ幻想を投影してる・・・
韓国語で話すスヒには違う人格を感じる・・・
でも、もう恋なのか・・・(by にしきのあきら)
ウロツキ、隠れ、恥じ、焦がれる。
夜、ブースを閉めようとするスヒを遠くから隠れてスケッチしてた。
でも彼女は気がついてて暗くなった広場をぼくに向かって真直ぐに歩いて来て・・・
「あした もーいちど ごはんにー いきますか」
「えっ!」
明日は金曜。明日の夜が終わったら、あと3日でぼくはここからいなくなる。
金曜の昼は飛びさった。夜6時半、日本館を早じまいして彼女の知ってるちょっと
郊外のお店へ。
暮れて行く空の雲に夕陽。
黄色く色づいた田。
道ぞいには真桑瓜を売る屋台がいくつも。
さみしげなオレンジの電球。
「ナムジャ(御主人)は ぼくとドライブすることを知っていますか」
この質問には答えないで彼女はこう云った。
「こころが 重いです・・・」