K 片岡鶴太郎の絵 墨と岩彩 J ジミー大西の絵 水彩らしー この2人が絵を描いていること なんとなく知ってたんですけど・・・ Jの絵は こないだ 昼ごはんのときに BS3の番組 わたしが子供だったころ で見たんですね もとは 天然 と呼ばれる お笑い芸人 今は画業に専念 フランスかイタリアにいて 毎日風景をスケッチしている様子・・・ どんな子供時代だったか どう絵とかかわってきたのか どう絵を描いているのか 他者とかかわり難く 写生しても ヘンな絵しか描かない それを 個性的と評価した小学校の先生がいた それを 今も描いてる 共感した 自分の描きたい絵を 一途に信じて 描きたいように 描き続けている キレーな絵を描いて ヒトに褒められよーとせず ありのまま 自分自身の 表現を求めて 子供のように描いている 一方で 売れにくい絵かなぁ とも思もたんですね ひょっとすると 時代に殺されるかも とも思った ところが 今回調べてみると ジミー大西の絵 は 商品としての絵としても 人気があるみたいである 何度も テレビ番組で 岡本太郎が 絶賛したらしー ボージョレーヌーボー のラベルの絵に採用されたり みずほ銀行のキャッシュカードや通帳に採用されたり うーん 大衆社会における 商品としての美術品の市場・・・ うーん ポピュリズム=人気とゆー尺度・・・ うーん 画家ジミー大西 所属は吉本興業 画家ジミー大西 のマネージメントは どっかの画商と組んで 吉本興行がやってる・・・うーん 中高時代にひどいイジメにあったこと 別の番組で知ってる 自分が自分でありのままにあること それが受けいられること だれもが望む あらまほしき 人としての在りよう しかし 人はだれでも 自活するため 職業を持たざるを得ない 自分の 労働力を社会や会社に売って 食のための資を得る 描きたい絵 を 描きたいよーに描いて それが売れる それが長期に続き 評価され続けて 遣り続けることができれば こんな幸福はない ジミー大西にとって あの 自分の絵 を描くことは 治癒的な労働 そのことで 精神が救済されていく 治癒的労働 やと思う だれかが ちゃんと売ってあげるべき 一時のブームがすぎても ちゃんと売ってあげるべき・・・ さもないと 時代に殺されてしまう かもとシンパイになる・・・ K 片岡鶴太郎の絵 には 悪感情 を持っていた 10年ほども前か 画家片岡鶴太郎の売り出しの最盛期に あるところで たくさん 実物を見て失望したからである 北九州の陶磁器イベントのあとフェリー乗船待ち 丸1日あり ある年 門司港レトロ に行った 旧の門司港 港の古い建物 そこを レトロとゆー視点で再生して新たな名所にする取り組み そこで 片岡鶴太郎展 をやっていた 展示会 ではあるが 販売会の色が濃い 売り立てための展示 そこに展示されてた作品群が 良くなかった ひどかった 高い でも売れてる こんなん 書き散らして 売るんや・・・ 描くほーも 描くほーやし 売るほーも 売るほーで 買うほーも 買うほーや うーん 大衆社会における 商品としての美術品の市場・・・ うーん ポピュリズム=人気とゆー尺度・・・ うーん 画家片岡鶴太郎 所属は大田プロ 画家片岡鶴太郎 のマネージメントは どっかの画商と組んで 大田プロがやってる・・・うーん こんなんが どんどん売れるんや・・・ まじめに表現を追及してるヒトたちが 気の毒・・・ 美術学校時代の友達 みんな苦労して描いている 気の毒・・・ と 思ったんですわ 10年ほど前には・・・・ が 今回 もう一度 片岡鶴太郎の絵 それも 印刷物になってるような絵=きっと自信作 を見てみると・・・ いい絵 やと思った 虚心坦懐に見れば いい絵 思い込み背景のこと とっぱらって見れば いい絵 Jは 表現の絵=売れにくい絵 を 純真に追求 エライ Kは 上手い絵=売れやすい絵 を 不純に商売 エラクナイ こー思い込んでたけど マチガッテタと 今は 思ってます ジミー は ヒトにどう見られようと気にせず 天然自然に立ってる 片岡 は カッコイイ自分を必死に意識し演出する そこがキライ こー思い込んでたけど 作家個人への感情を 混ぜるのはマチガイ ヒトと作品とは別のことです
Jはリッパで Kはダメ 大きな隔たりがある と 言おうとしてたけど マチガッテタ 売られ方もカンケー ない 画商の悪知恵 画商の悪巧み もカンケーない 売れる絵を描かせられるスター を作って 儲けたい仕組み があるんは しかたないこと 絵そのものには どちらも カンケーないことである 画家の自己演出 も 画商の作家演出=プロデュース売り出し方 も どちらも カンケーないことである 片岡鶴太郎 の絵の質のばらつき 義理がかかるんやろう たくさん描かねばならないんやろう 需要があるんやろう だれかがナットクして 買ってるんならイイんでしょ 江戸の絵師たちも 席画会とゆーのをやって ばらつきのある絵を 売ったもんですからねー ちょっと脱線しますが・・・・ 芸術とゆー概念 表現とゆー概念は 明治近代化以降の概念 明治日本が西洋とであってからの あたらしい概念 絵画は芸術 ではなかった時代 江戸時代には 浮世絵ははっきりと商品 摺り師と組んだ印刷物=版画 版元が資本投下して プロダクション制作した人気商品 役者絵 遊女の姿絵 はブロマイドやったやろ 江戸名所図 は江戸観光土産として 人気あったらしー 東海道五十三次などの風景画 は行って見たい旅の代用物か 横浜開港図 などは最新風俗の絵解き 写真週刊誌的に使われたか 人気に左右され 大衆の好みを反映して 大売れに売れてこそ 善し これらの 浮世絵が ヨーロッパに輸出される 日本産の茶 お茶の茶箱の内張り に使われてた 安い再利用の紙として 湿気防止の紙として 使われていた フランス人はオドロイた こんなキレーな多色印刷物が貼ってある とオドロイた はがして蒐集する者が出た ゴッホは 浮世絵の梅 を模写してるし たくさんの 浮世絵を持ってた オモシロイねー♪ また当時 万博ブームでね パリ万博やウィーン万博 江戸幕府や薩摩藩も出展してる 国際社会へのデヴュー 下って 明治新政府 も 東洋の小国=野蛮人の国 と思われてはマズイんで お雇い外人の助言を受けて 陶磁器や染色や金属工芸など 高い質の各種工芸をかき集めて 出展したんですわー それで ジャポニズムとゆートレンド= 美術思潮が起こったんですねー 日本趣味 日本風はクール クールジャパン♪ オーストリアのクリムトは 琳派の装飾性を取りこんでますわー♪ はい ハナシは戻って・・・ 絵 そのもの JとKどちらも いい J は 表現 真摯に追求してる 自分をまげて 大衆に迎合する 絵ではない 膨大の時間と熱意の籠もった みなぎる絵 これに励ましとエネルギーと 新しさ感じる絵 K は 多くのヒトに好まれる題材と手法で 上手な絵を描く きっとそれがKの描きたい絵 なんやと思う きっと売れやすい でもちゃんと上手い マネではない 水墨と岩彩 手の動きはっきりと出る 早く描ける絵 だから息づいた絵 Kの個性 Kの手腕 ちゃんと どちらも表現である 好みで 選ばれるが 隔たり はない で 深くそれぞれの価値を認めた上で ぼくがどちらの絵を買うかとゆーと・・・・
Jか? Kか? どちらも買わない
高すぎるから 懐具合にあわない 絵を見るのは好きだが 絵を買うとゆー習慣はない 本画 たった1枚のオリジナルな絵 高いのは分かる そんな絵を買う階層ではない やきもん屋
壁の飾りが必要なら 楽しみ含めて 自分で描くし カミさんのタペストリー を掛けても用が足りる きっとこれからも 絵は買わない けれど・・・ いままでに たった1枚だけ 買った絵がある 10年ほど前 カミさんの 誕生日プレゼント に あまりにも ぴったりの絵 やったから 見た瞬間に すぐ買った ↓ 当時 カミさん 馬を2頭 飼ってた 長男が小5 男の子3人の 母でありつつ 1年間週1 朝5時起きで 牧場に通って馬の飼い方を習い・・・
こんなに ぴったりの絵を 見つけたのは 自分も出した 岡山県津山市のクラフト市 でした♪ 神戸のアマチュア画家=おじさん が売ってた 市展でなんども入選してはるヒト でもカンケーない この額もついてて ネダン¥2万5千円 でした♪ 描いたヒト の名前も もうわからん 世間的価値のあるなし どーでもええ でも あるヒト が 描き それが ウチのために描いてもらった絵 でもないのに ウチの家族のある時を 暖かく 描きとめてる そしてこの絵は 手の届くネダンやった そしてこの絵は ずーっと愛されていく みんなー クラフト市に行けば ええもん 見つかるでー ーーーーーーーーーーーーーーー ふー JとKの隔たり1〜7 これ 書くのは大仕事でしたー でも スッキリした うん モノの見方の段階 一段 上がったと思う♪ |